バナナの実 【近未来 ハード SF】
バーに着いた辻だったが、未(いま)だどんな顔して彼女の前に姿を見せたらよいか悩んでいた。
階段を上がる足が重たい。しかし、二階までくると足を止め、なるようにしかならないと覚悟を決める。
部屋を見ると、そこに日本人の姿はなかった。
情けない醜態(しゅうたい)を披露(ひろう)せずに済んだとホッと胸を撫(な)で下ろす。同時にみんなの優しさも感じていた。
辻の仲間は、そんな気の利いた奴ばかりだった。
広い部屋には、三人しかおらず、ニアンとアメリカ人のエリックが奥の台でビリヤードをしていて、その横にマニーが座っている。
ハリウッドスターであるジョージ・クルーニーに似た雰囲気のエリックとは仲がよく、彼もまた、プノンペンの長期滞在者の一人。
以前、ナイジェリア郊外の高校で物理の教師をしていたと聞いていた。
最近、白髪を気にしていたが、とてもダンディーでユーモアがあり、辻にとっては、歳の離れた気さくな伯父さん的存在だった。
天井で空を切るファンの音が緊張をもたらし、ビリヤードの球が壁に響く部屋の中、辻は、ニアンに歩み寄り声をかける。
「元気?」
彼女は、「うん」と頷いた後、「アーモック!」と言った。
彼には、その意味がまったく分からなかった。
「やあ! エリック、調子はどう?」
「ウーン、OK。今日はちょっと飲み過ぎちゃっているけどね」
”ウーン”を欧米人特有の手をヒラヒラさせるジェスチャーで表現すると、気取った所がなく、とても自然な笑顔とウインクを見せる。
辻は、近くの席でオレンジジュースを飲みながら二人のゲームを見守った。