バナナの実 【近未来 ハード SF】
その間、ニアンとは、何度か目が合う。
今まで彼女に取り付いていた魍魎(もうりょう)が、何かとても大きな力ですっかり浄化されたように、出会った頃と同じとても穏やかな表情をしていた。
窓のない壁をくり貫いただけのオープンスペースから見える無辺の空が色づいた頃、辻は、ニアンを近くの椅子に誘い、マニーを呼び寄せた。
エリックは、三人の空気を察したのか何も言わずに、向こうのオープンテラスで一人ビールを飲んでいる。
辻は、英語で手紙を書いてきたことを伝え、これから読み上げる英語をニアンに訳して伝えてもらえるようマニーに頼む。
二つ返事で彼女が引き受けると、彼は、手紙の始めに視線を落とした。
「どうしてこの手紙を書いているかというと、君に”ありがとう!”と言いたかったからなんだ。
ポイペットでの最後の晩の事覚えてる? 僕がガンジャを吸っている時、スゴイ大きな声で『自分の顔を見てみろ!』って怒鳴ったでしょ」
辻の読む英語の一文、マニーがカンボジア語に訳したそれを聞くと、ニアンは、思い出したかのようにグスッと鼻で笑った。
辻の頬も緩むが、マニーを待って手紙を読み続ける。
「ずっと”何でニアンは、そんなに怒ったんだろう?”って考えていた。
そして、ガンジャに夢中になってゆく自分がいることに気付いたんだ。
だから君に”ありがとう!”って言いたかった。
でも、もう大丈夫。なんでニアンが怒ったのか分かったし、もうガンジャは吸わない」