バナナの実 【近未来 ハード SF】
違和感のあるテレビ画面から目を背(そむ)け、佐々木の寝そべっている姿を見つめる。すると今度は自分の視点が、佐々木の視点に同化するのを覚える。
実際にそういう映像が見えていたわけではなかったと思うが、鮮明なイメージが網膜の感覚と重なるので、あたかも、佐々木の視点で物事を見ているように感じるのだ。
そして、佐々木の心が読めるような気分になる。
彼も今の自分と同じように感じているのだろうか?
佐々木を見つめる辻。佐々木は、ジッとテレビ番組から眼を離さない。
そんなことをしていると、今度は、自分の姿を見ている自分の意識の存在を認知する。
それは、誰かが辻を撮影したビデオをテレビ上に再生し、自分自身の姿を見ているかのようであった。
テレビモニターに映った自分の視線と目が合う。
大麻の効きすぎで、こんな錯覚になっているんだ。
落ち着け。落ち着こう。
何度も反芻(はんすう)して自分に言い聞かせる辻。
この時の彼は、まだ自我を省(かえ)みることができたようだ。
辻は、気分が悪くなったからと彼に礼を言いい、おぞましい変死体を目撃したような青ざめた顔つきで、隣の自室に戻っていった。
時計に目をやるが時間が一向に進んでいない気がする。
部屋に戻った辻は、泥酔した路上のサラリーマンのようにベッドの上でうつ伏せに倒れていた。
「どうーしょう。時間が進まないや」
次第にそれは、時間に束縛された世界に紛れ込んだような感覚に取って代わる。
辻は、この不安を打破しようと、シャワー室で温水を浴びながら自慰(じい)に興じてみた。
シャワーの目から勢いよく放たれる温水を局部にかけながら、ニアンのことを思い出す。