バナナの実 【近未来 ハード SF】
辻は、吹き抜けのある弁当箱を六つ重ねたような館内で適当に時間を過ごした後、屋上へ向う。
そこに出ると周りに高い建物は見当たらず、地平線まで色あせたオレンジ色の瓦民家が永遠に並ぶ街を一望することができる。
眼下に広がる現代と見たことのない高度成長以前の日本の風景とが、遺伝子に刻まれた過去の記憶で、何層にもなって現れては消える。
その幾重にも重なる透明なキャンバスを背景に、ゆっくり地平線に吸い込まれる太陽と、茜雲(あかねぐも)が色を増すのをフェンスに手を当て静かに眺める辻。
陽が完全に姿を消すと、今日も彼の一日が始まる。
軽い夕食を済ませ部屋で映画を観ると、ナイトクラブへ出かけることを日課としていた。
クラブに到着した辻は、ダンスフロアーでドリンクを頼むと、好みの女がいないか薄暗い幽霊屋敷の館内に目を配る。
たまにお化けのような厚化粧に驚くこともあったが、大音量で大好きなディスコミュージックを聴いているだけでそれなりに楽しめた。
グラスの底が見える頃、空調の効いた部屋から防音扉を出て巨大な中庭風のオープンテラスバーへ足を運ぶと、四つあるビリヤードの台に人陰を探がす。
派手な洋服を着た女性と、奥の台でビリヤードをしているやすを発見すると歩み寄った。
「こんばんわ!」
「よう!」
「やすさん、ビリヤード上手いですねえ。僕にも教えてくださいよ」