バナナの実 【近未来 ハード SF】
五感が遠のいてボーとする中、今度は、時間と空間の記憶をどこへか置き忘れていた。
自分の居場所が途端に分からなくなり、何をしていて、これから何をしようとしていたのかまったく分からなくなった。
それらを思い出そうと、ユルユルになった血流を脳に送り必死になって考える。
前にも同じような経験があるから、と自分にいい聞かせ落ち着こうとする。
その思考は、水槽で溺れる熱帯魚の姿にそっくりだ。
それでも断片的だった記憶を手繰(たぐ)り寄せ一つにつながった時、ようやく置き忘れた記憶も取り戻した。
辻には、二時間ほど見えない敵と格闘していた気がしたが、やっと30分進んだことに一安心する。
一難去ると、ふと、カジノについて思いが回る。
これまでに負け込んだ総額は、100万円とちょっと。
何とかカジノで勝てる方法はないものか?と何かに誘(いざな)われるように目を閉じる。
待てよ・・・。
辻は、セカンドバッグからノートとペンを持ち出し、ベッドの上で計算し始めた。
バカラで負けない方法は、プレイヤーとバンカーの両方に掛けることだ。
しかし、それでは、ハウスの手数料分だけ損をする。
この欠点を改善するには、・・・。
バンカーとプレイヤー、左右の掛け金を変えてみる。
辻は、1と2、1と4、・・・、1と64、1と128と勝つまで倍々で掛けることを思いつく。
それは、自分だけが思いついたようなスゴイ必勝法に感じた。
ギャンブルというマグマに感化され、火照(ほて)り始める辻の体。
この方法だと、勝っても負けても7回連続で負けさえしなければ、掛けた回数すべて勝ちと見なすことができる。
一ヵ所に掛けるよりも早く目標額を達成できるし、7回連続で負けるリスクを小さくできると思った。