バナナの実 【近未来 ハード SF】
そして、受付のある入り口までの直線を、疾風(しっぷう)のごとく駆ける。
ここでも彼の下半身は傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に振舞う。
受付では、宿の女中四人がテラスに椅子を出して楽しそうに談笑していた。
「!」
「見つけたよ! とうとうやったよ!」
そんな彼女らの腕を捕まえ、両足をバタバタとさせ、しきりに大声で叫ぶ辻の姿は変態そのものだった。
「キャー!」
若い無垢(むく)の娘らは、一斉に煩悩(ぼんのう)に苦しむ蝉(せみ)のような甲高い悲鳴を上げるが、彼はそれでも叫び続ける。
「見つけたよ! 僕は、見つけたんだ!」と、珍棒も体の勢いに同調して叫ぶ。
その後、辻は、20秒もしないうちに男性スタッフにとり押さえられ、三階の自分の部屋に連行された。
宿のスタッフがドア付近で見張る中、すぐに彼の興奮が治まる様子はない。
部屋で仁王立ちの辻は、「だから時計なんだって! おまえも時計を買って来いよ! 時計が次の時代の貨幣価値に取って代わるんだぞ!」と訳の分からない事を怒ったように発す。
15分ほどして、「警察が来るから服を着ろ」という言葉に促(うなが)され、ようやく洋服を身に付けると、駆けつけた恰幅(かっぷく)のよい色黒な警察官の意向で病院へ向かうことに。
病院に着いてからも、彼しか見えていない映像と対話し、それに一喜一憂するよう狭いストレッチャーの上で腕立て伏せをしたり、泣き喚(わめ)いたりと、辻の奇行は続いた。
「どうされました?」
「はい、ガンジャを吸いすぎて・・・」
それから、医師の問診を自分でも驚くほど冷静に落ち着いて答えると、血液検査のため入院する診断が下される。