バナナの実 【近未来 ハード SF】
辻は、以前、読者の勧めで、どのようにこの小説を販売したら良いか助言をもらい、販売戦略をウェブで調べたことがあった。
『出版流通は、委託が基本で返品を伴います。
有名作家の出版物でも、返品率は3割を超えることがあります。
返品された本は、輸送費や人件費など物流経費だけが掛かることになります』
辻は、鉛筆を持って紙の上で何やら計算を始める。
100万部部売れるには、143万部製作しているわけかぁ。
43万部の返品が生じた場合、製作費とは別に、5000万円の無駄な物流コストが生じることが分かった。
資源もさることながら無駄なコストだなあ、と思いながらウェブの文字をスクロールして上へ押しやる。
『出版の問屋である取次が一年間に取り扱う書籍は、7万8000点になります』
彼は、あまりにも厖大(ぼうだい)な数に下唇を軽く噛(か)んで湿らす。
大手出版社のような営業力や宣伝資金もない僕が、他のみんなと同じ土俵で勝負したのでは勝てない。
返品コスト削減と合わせた販売策は、一つしか見当たらなかった。
それは、書店で販売しないこと。
これは、小説のシナリオの同様、逆転の発想から生まれたものだった。
時に自然界の動物でも危機的な状況に晒(さら)されると、常識を超えた行動に出る輩(やから)がいる。
辻のそれは、海の中に潜(もぐ)って岩に生えたコケを食料に見出し、激しい生存競争を勝ち抜こうとしたガラパゴス島のイグアナに似た行動だった。
書店では販売しない代わりに、他の小説にはないある特異な理由を持たせることで、逆にそこに価値を与えようと考えたのだった。