バナナの実 【近未来 ハード SF】
第22章 消せない番号
■ 第22章 消せない番号■
「ニアン、元気? 今、家?」辻の問いかける声に、いつもの張りがない。
『アウ、アモック!』と受話器越しに、普段と変わらぬ平坦な声がする。
辻とニアンの幸せな時間は数ヵ月続いたが、カンボジアの旧正月前、体調を崩した彼女はそのまま実家へ帰省。
旧正月の新年の晩に辻は、彼女の携帯へ電話していた。
「まだ、お腹痛い?」
『いたくない。アモック!』不思議と携帯を通して、甘い香りがした。
「そうか良かった。ニアンのお腹が痛くなくて僕は嬉しいよ」
『アモック、クレイジー!』
その柔らかい声は、戯(たわむ)れていた。
「ああ、僕は、ニアンにクレイジーだよ」
『クレイジー!アモック!』とクスクス笑っている。
「家族一緒で、新年は楽しいか?」
『アウ』無愛想な返事に戻る。
「いつプノンペンに戻るの?」
『いかない』
「もうプノンペンには来ないの?」
『アウ』感情のない口調が続く。
「そうか」辻もそれに同調する。
辻は、ニアンの言葉を信じなかった。
以前、お姉さんの結婚式で彼女が帰省していた数日、毎晩電話で話をしていたことがあった。
その時も、『もう、プノンペンにはいかない』と言って、辻を心配させた。
だが、三日後にはちゃんとプノンペンに戻ってきたからだった。