バナナの実 【近未来 ハード SF】
あの件以来、数ヵ月ぶりに聞いた彼女の声は、以前の優しかったマニーだとすぐに分かる。
彼女の反省する気持ちが電話を介して辻に伝わった。だから彼もそのまま話を続けた。
『今どこ?』
そのマニーの声は、今にも息絶えて途切れそうなほど小さかった。
「君も知っている、いつもの宿のいつもの部屋」
『リンは?』
「旧正月に実家に帰ったまま、こっちには来てないよ」
『リンに電話しても繋がらないから番号を教えて?』とマニーに頼まれた辻は、ニアンの新しい携帯番号を教えた。
その事で何となくマニーとのわだかまりが解けたと感じた辻は、プノンペンに未練を感じていなかったのかもしれない。
辻は、ヤスらとメールアドレスを交換し、誰の目にもあっさりしているほどプノンペンを後にしてポイペットへと向かった。
最後の決戦となったポイペットでの軍資金は、2万バーツ(6.6万円)。
これまでカジノにつぎ込んだ額は百数十万円に達し、ここから日本までの帰路を計算すると、それが今使える辻の全額だった。
一世一代の博打(ばくち)にしては額があまりにも小さかったが、帰国という暗い口を開ける谷間を背にした彼には、今までの気の持ち方とは明らかに違っていた。
これを失ったらバンコクから帰国だ。
辻は、今までの経験を戦略という生地に練り込んだ。
まず、一日の目標をプラス3000バーツかマイナス6300バーツに達した時点で、その日は手仕舞いすることに。
以前から利益確定はできていたが、負けるときは資金のすべてを失っていた。
今回、株トレードでいうところの損切りを導入し、負けた日は、潔(いさぎよ)く負けを認めることにした。