バナナの実 【近未来 ハード SF】
夕刻、辻がカジノ場で賭けに熱中していると、突然、電話が鳴り出した。
テーブルの席を立って着信を受けると、今、プノンペンにいることをニアンに告げられ、頭が真っ白になる。
彼女の話では、用事があって一日だけ滞在し、明日にはまた実家に戻るという。
辻は、今からプノンペンに向かっても時間的にすれ違いになることを悟り、彼女と会えない運命の悪戯(いたずら)を残念に思う。
その晩、再びニアンから電話があった。
部屋で映画を見ていた辻が電話に出ると、マニーの声がするではないか。
ナイトクラブでニアンと待ち合わせ、再会したらしい。
『アモック、私、リンの顔を見たら涙が出てきて泣いちゃった』と、くしゃくしゃの顔して今でも泣いているような声だった。
猥雑で懐(なつ)かしい背景の音に雑(ま)じって聞こえたマニーのその言葉に、やっと以前の二人に戻れたんだと、辻はまるで自分のことのように胸が熱くなった。
「ニアン、マニーが泣いたんだって?」
『アウ』
辻には、彼女が微笑んでいるように見え、電話越しに二人がクラブで再会し、抱き合う姿が瞼(まぶた)いっぱいに広がった気がした。
僕がまだ知り合って、三人の仲が一番良かった頃に・・・、やっと戻れたんだと。
辻は、マニーを通しニアンに、プノンペンで会えないことを残念に思っていると伝えた。
電話を終えベッドに力なく腰掛けた彼には、何通も書いた手紙がずいぶん昔のことのように思えた夜であった。