バナナの実 【近未来 ハード SF】
辻は、訳を打ち明けるように、昆明での出来事を須藤に話した。
「僕が全て悪いのですが、昆明で、やすさんに嫌われまして。彼と昼間、ビリヤードの約束をしていたんですが、僕が、何度か約束の時間に遅刻しちゃったんですね」
須藤は、近くにいたウェイターにビールを注文した。
「昆明を離れてプノンペンに向かう前夜、やすさんに挨拶しに行ったら、『お前が来ると酒がまずくなるんだよ、どっか行け!』って鬼のようなスゴイ剣幕で怒鳴られまして。
時間に遅れた僕が悪いので、やすさんが怒るのも当然だと思ったんですが、『やすさん、やすさん』ってあんなに親しくさせてもらっていたのに、こうも人が変わるものかと驚いてしまって・・・」
辻の後ろは一面のガラス張りで、その下半分に原色を薄くぼかした色彩の目張りがしてある。
暖色系のスポットライトの光を浴びているそのポップなデザインが、真っ暗な夜の背景に浮かぶように上質なコントラストを描いている。
「それからしばらくして、プノンペンの道端でやすさんとばったり再会したことがあったんです。
『明後日バンコクに行くよ』と挨拶してくれたので、もうそんなに怒っていないのかなあと思ったんですが、怒鳴られて以来メールも来なくなったんで、心配していたという次第なんです」
「そんなことがあったんだ。海外での人の繋がりなんて希薄だからね。社会的束縛がないから、ちょっとした行き違いで簡単に壊れちゃうものだよ」
最後まで辻の話を聞いた須藤から、やすの意外な一面を耳にすると、辻は再び唖然と開いた口がふさがらなかったのだ。
やすの意外な側面が明るみになり、それらを共有することで辻と須藤の仲は急速に深まり、いつしか話は変わりギャンブル談議になっていた。
須藤は、学生の頃、パチンコで一時生計を立てていたことがあったらしく、その系統には大学講師並みに詳しかった。
辻がこの二ヵ月間でホテル代と食事代を差し引いてほとんどトントンなんだと話すと、「それは、テラ銭があるから凄いよ」と背中を引いて目を丸くした。