バナナの実 【近未来 ハード SF】
四度コールが鳴ると、つながった。
「ニアン、元気? 今、家?」
『アウ、アモック』いつものように素気(そっけ)ないが、元気そうな声が聞こえる。
「コンポントムの家?」
『アウ』
どこにいるのか訊かれた辻は、これからバンコクへ向かうバスの中から電話していること、そして、バンコク経由で日本へ帰ることを告げた。
ニアンは、それを理解したようで何かを言ったが、彼にはその言葉がよく理解できない。
でも、『日本まで良い旅を!』と言っているように辻の胸には届いていた。
『いつカンボジアにくるの?』
子供たちに追いかけられるニワトリが奇声を上げ、水の入ったアルミのおわんがひっくり返える音が受話器越しに聞こえる。
「分からない。けど・・・、だけど、またニアンに会いたい」
死期を悟った猫のように、もう後悔したくないと思った辻は、今の気持ちすべてを話そうと思った。
「ニアン、一緒に日本へ行かないか?」
彼女は、二つ返事でそれを受け入れる。
「日本でずっと暮らすんだよ」
『アウ。ニホンへいく』
彼女が急に明るく、希望に満ちた声に変わった気がした。
『いつ?』と明るい未来を想像して尋ねるニアン。
「分からない・・・」
気持ちだけが独り前を歩き、肝心なことを断言できない自分を歯がゆく思う。
「I LOVE ニアン」
『クレイジー、アモック!』
それでも、彼女の明るさは変わらなかった。