バナナの実 【近未来 ハード SF】
その晩、三人は、鉄夫の前回の旅話に花が咲く。
マレーシアでカジキマグロ釣りに挑戦したこと、インドネシアでボラレまくったことなど。
もっとも辻の興味を惹(ひ)いたのは、フィリピンで25歳の彼女ができたという話だった。
ニアンと同い年だったことに、人事とは思えず話に聞き入る辻であった。
工事中ビルの足場のように組まれたベッドの骨組みが、用意に前進できない明日(あした)のように視界を遮るが、この広さに三人だけのスペースというのは快適だ。
この時期、学生の夏休みが始まり、翌々日、このドミにもイケメンの太一と国際福祉専攻の結衣という二人の学生と、カンボジアでボランティアをしていたという洋子がドミのメンバーに加わった。
人が増えただけでむさ苦しさが徘徊(はいかい)するが、日陰がちだった山間に可憐(かれん)な野花が開花したように、一層の賑(にぎ)わいが辺りに転がる。
ある遅い夕立があった晩、「これ気持ちイイよね」と窓側のベッド上段で寝そべる太一が、直径一センチ、長さ五センチほどの円柱状のプラスチックを見せる。
「何それー?」
タイの第二の都市、古都チェンマイから来たばかりの結衣がそれに興味を示す。
「これねー、名前分かんないんだよ。中にメンソールが入ってて、鼻から嗅(か)ぐとスーとして超気持ち良くて。別に無ければ無いでいいんだけど、あると吸いたくなるんだよねー」
そう言って、斜め下のベッドでガイドブック片手に旅の計画で悩んでいた結衣にそれを投げた。
彼女は、リップクリームのように片方がねじ式のキャップを回しフタを外すと、恐る恐る本体の先を鼻の穴に近づけ嗅いでみた。
「ワアー、何これ、爽快だね!」
活発で、明るいハスキーがかった結衣の歓声がドミトリーに響く。