バナナの実 【近未来 ハード SF】
辻とヒロシは、鉄夫がシアヌークビルでどっぷり大麻草の湯舟(ゆぶね)に浸り、好きもんだと知っているので、その臭い演技が内心おかしてくてたまらない。
「ケミカルちゃうねん。天然成分やって」
ヒロシは、プラスチックに書かれた成分を読み上げた。
「メンソール、ユーカリオイル ・・・、他は読んでも意味分からへんけど、全部合わせても100%ならへんなあ」
「残りの成分がヤバイんじゃん」
そう言う洋子に皆が笑い転げている中、鉄夫も苦笑いを見せていた。
今日の洋子は、四分の一廃頽(はいたい)の波に呑まれたこのドミトリーにはちょっと不釣合いな、洒落(しゃれ)たドレスでめかし込むことに余念が無い。
『今日、カンボジアの彼氏から電話があって・・・、わざわざ明日、私に会いに来るって言うの。”なんで”って思うじゃない?』
『そりゃ、プロボーズに決まってるやろ』
『その可能性か高いから、今から、もう、ドキドキなのよぉ。あぁ、会いたくない~』
『マリッジブルーってやつですか? スキならいいやん!』
昨夜の洋子とヒロシの会話だった。彼女は、重い電話の雰囲気から、ただならぬ彼の思いを察知したらしい。
辻は、パソコンで小説を書きながらも、背中から聞こえてくるそんな応援したくなる会話に全身耳に変えていた。
今朝までは、『会いたくない~』と散々ボヤいていたが、今は、鼻歌が聞こえそうなほど、幸せの中心でワルツを踊っているように見えた。
長く付き合った現地の会社に勤める日本人の彼氏が、今、バンコクに来ているらしく、これから人生における大きな決断をするのだろうと、身近な友人の事のように気になっていた辻であった。