バナナの実 【近未来 ハード SF】
「うーん、難しいよね。僕が言えるのは、まだ帰国まで一ヵ月近くあるんだから、いろんな人と話しをすることを勧めるよ。
海外周っている人って、その人なりの意見をもっている人が多いから、何かしらの助けになると思うよ。
そういうことを繰り返すことで、見えなかった糸口のようなものが見つかると思う。僕自身がこの二年近い旅でそれを見つけることができたから。僕のアドバイスは、そんなところかな」
彼は、自然とそう口にしていた。
「オー、さずが辻さん。言うことが違うねぇ~」
「そんなこと無いでしょう。なにを言っているんですかぁ。鉄ちゃんは、僕の師匠じゃないですか。あなたから、どんだけ教わったことか」
結衣は、世代が違っても親身に話を聞いてくれる人がいてくれたことに、日本で感じるのとは別の暖かさを胸の奥に刻んでいた。
一方、辻は、彼女にアドバイスしたのに、自分がアドバイスされたような気持ちになる。
目の前の小説を完成させよう。そうしなければ、僕の人生は前に進まない。自分のしたい事が見つかった。
結衣は、辻に改めてその気持ちを思い起こさせたのだった。
バンコクの昼間は晴れて蒸し暑いが、朝方は、薄手の毛布が欲しいほど涼しい。
昨夜、佐川という年配(ねんぱい)の男がドミに来た。
「これでも昔は、スペインや南米によく行ってたんだけど、最近は、燃油チャージのせいで運賃が高いからね」
彼は独身で、会社を早期退職。安い航空チケットを見つけては海外を旅しているらしい。
口髭(くちひげ)を蓄(たくわ)えていたので癖のあるおじさんかと思いきや、その外見とは裏腹に、実際、話しをしてみると良識のある人であった。