バナナの実 【近未来 ハード SF】

以前は商社に勤めていたらしく、世界各地の薀蓄(うんちく)・雑学・経済に詳しかった。


翌朝、辻が香(こう)ばしいかおりに誘われて目覚めると、佐川が斜(なな)め向かいのベッドで淹(い)れたてのコーヒーを口元に運んでいた。


どうやら、辻と同じ日課のようだ。

「おはようございます」

「あ、おはよう」


辺りを見回すと、女性陣はすでに日帰り観光に出かけてしまったのか、ベッドの上に小物が整然と並べられている。


一方、長期滞在の鉄夫とヒロシは、まだ夢の中。


寝起きで動作はのろいが、辻は、無駄の無い動きで寝床をキッチンに、ステンレス製のマグカップと電気コイルでお湯を沸かし始める。


「今日は、出かけないの?」

「あぁ・・・、えぇ・・・」

不意に訊かれた辻は、インスタントコーヒーを淹(い)れながら自叙伝(じじょでん)を書いていることを話す。


「マジでぇ!」

顎(あご)を前に突き出し、声が裏返っている。

こんな環境で小説を書いている奴がいるとは、思わなかったようだ。


「自分の書いている小説シナリオが、現実になるという内容なんでが・・・」と、簡潔(かんけつ)に説明する。


「実際は難しいと思うよ。売れない作家なんて、いっぱいいるんだから」


「そうですよね。世の中、そんなに甘くはないですよねー」
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