バナナの実 【近未来 ハード SF】
撮影開始前であっても、映画が出来上がるまでの進行過程は、メイキング映像としてブログやユーチューブで公式に公開されていた。
そのようにして、知恵と情報を読者と製作側が共有し、映画シナリオにフィードバックさせることで、読者が作り上げる面白い映画になるはずだという、確証なき信念を辻は貫いた。
過熱したウェブにかけたヤカンがピィーピィー言って激しく水蒸気を出し始める頃、ファンが待ちに待った映画脚本の初稿が仕上がる。
実際、辻が拝見させてもらうと、読者のある発言がそのまま取り入れられたり、小説からのやり取りが引用されたりしながらも、脚本家のフィルターを通しアレンジされた形として完成。
脚本家は、とても思慮(しりょ)深く聡明(そうめい)で、読者の嗜好を熟知していた。
まるで、一流の寿司職人のように、ウェブ上で議論されたネタの下にピリっとしたワサビを錬り込み、上手く構成・表現されていた。
必ずしもすべての話題が脚本に反映されたわけではなかったが、読者の発言は、脚本家や監督らの意思決定に大きな影響を与えていた。
これらのとこが事実であることは、ユーチューブで公開された会議風景からも明らかであった。
辻は、可能な限り映画制作に関わる映像を公開。その数は、クランクイン前までに50本を超えていた。
映画構想が煮詰まるにつれ、プロデューサーをはじめ、監督、脚本家や辻らは、次の改稿に向け脚本に深みを加える工夫を重ねることに。
冒頭シーンは、夢中の回想から始まったり、学生時代から始まったりと二転三転。激しいアクションシーンが描かれては消え、脇役を削っては書き入れられたらしい。
脚本家のプロならではの場面構成や人物描写のテクニックは見事で、スタップ一同を唸(うな)らせる。