バナナの実 【近未来 ハード SF】
辻は、アキラの背中に刃を立てるように問いかける。
「そのー、『いかに死ぬか』は、見つかったんですか?」
「いや、見つかってないです」
細い緊張の糸が切れた音がしたかと思うとアキラの口元が緩み、辻も忘れていた呼吸を取り戻すように辺りの空気が和んだ。
「もしかしたら、死ぬまで見つからないものなのかもしれません」
「それじゃ、いつまで経っても”今どう生きるべきか”、”これから何をしなければならないのか”が分からないじゃないですか?」と、騙(だま)された友人を弁護するような口調で突っ掛かる。
「『いかに死ぬか』とか、『今どう生きるべきか』とか、そんなに大切なことですか?」
「!」
そう口火を切り唐突に問いかけたのは、二人の足先のベッドで充電を終えた、額(ひたい)に彫(ほ)りのあるおじさんだった。
二人が豆鉄砲を食らったハトのようにきょとんとしていると、年輩の男は、ゆっくりと落ち着いた声で続けた。
「つまり、もし明日、自動車事故で死んでしまったら、『いかに死ぬか』とか『今どう生きるべきか』について考える事が、そんなに大切なことですか?」
「うーん、なるほど・・・」
辻は、確かに意味がないように思え、返事に窮(きゅう)する。
「わたしは、意味の無いことだと思います。本質が実質より先にあると思うから」
難しい言葉を使うおじさんに、辻がその意味を尋ねる。
「実質とは、人間が机を作ろうとか、椅子をつくろうというように、そこに目的が存在することで、人間が本質であるということです」
辻が飲み込めないような顔をしていると、男は別の言葉で説明した。