バナナの実 【近未来 ハード SF】
「後になってフロイトの考えを真っ向から否定するマルクスの考えが台頭しますが、フロイトの考えは、マルクスの考えの一部分に過ぎないと言う人もいます。
まぁ、簡単に言ってしまえば、マルクスは、愛するだとか悲しいだとか苦しいというのは、人間同士の環境や世界があって始めて存在するのだと言うんです。
逆に、フロイトは、苦しいとか悲しいということがあるから、人間社会が存在すると言っているんです」
おじさんの話しに圧倒される辻であったが、アキラは違っていた。
「フロイトの話を聞けばそうだと納得するし、マルクスの話を聞いても納得します。
僕の中では、フロイトの考えもマルクスの考えも、両方が繋がっていると思うんです。
そして、世の中の事すべには、ちゃんと意味があると思うんです」
「確かに ―――― 」と続けるおじさんの話を終えると一呼吸置いてアキラが返す。
「ここに太陽があって、ここに地球があったから、今の我々が存在するんです。
この距離に意味があるんです。少しでも遠かったり、近かったりしたら、我々が存在する環境ではなかったんです」
「うん? いまいち、その例えの意味が分からない」
首を傾げる辻にアキラは、言葉を選んで言換えた。
「一番初めに、そこにバナナの実が生ったのは、その実が育つ環境が整ったから、そこにバナナの実が生ったんです。
それは、必然なんです。
環境とは、土の温度だったり、湿度だったりといった条件とも言えるかもしれません」
「なるほどねえ」
辻は、無精ヒゲを浅く生やした顎(あご)に手をかけ大きく頷いていた。
要するに、地球上にバナナの実が必然と生ったように、他人が気付かないような内なる無意識にうまく目を向けることができれば、絶対変えられないと思われた自分の人生でさえ自然と少し良い方向に向かうだろうとアキラは言いたかったんだと、解釈した辻であった。