バナナの実 【近未来 ハード SF】

父親が会社で上司に頭を下げ、一生懸命仕事している風景。


スーツ姿のサラリーマンたちと、ラッシュで込み合う何気ない帰りの通勤電車の車内。


父が疲れた顔して、電車の座席に背を預けていた。


そんな絵画が半透明になり色彩が元に戻ると、バンコクのドミのベッドでパソコンに向かい、がむしゃらに小説を書いている辻の後姿がフレームの無いキャンバスに浮かぶ。


浜田省吾のMONEYを聴きながら、未来の成功を夢見る自身の後姿を、まるで幽体離脱したかのように斜め45度右上から見下ろしていた。


ニアンは、辻との優雅で幸せな生活を夢見ている。それはまさに、ハリウッドセレブのように雅(みやび)で華(はな)やかなものだった。


ニアンをバイクの後ろに乗せた辻は、市内を走らせ河を挟んだ街の対岸へ向かう。


夜空のように黒く冷たい風が彼女の長い黒髪を乱暴に掻(か)き揚(あ)げる。


二人が寄り添い対岸に止めたバイクに座ると、七色に輝く街並は二人の行く先を案じ悲しい眼差しで見守っている。


辻は、ベッドの中で愛し合うニアンと自分の姿を、棒立ちした他人の目を借り観察していた。


だが翌日、貴族のような格好をした髪のハゲた白人と彼女が、手をつないでナイトクラブを出て行く姿を目撃。


辻は、何もできずにそれをただ指をくわえ、遠目で見ることしかできないでいた。


奥歯をかみ締めジーパンのポケットに手を突っ込むが、出てきたのは三枚の10ドル札。

左手に握られた拳(こぶし)をさらに強く握った。


飛行機で日本へ帰国した辻は、小説を出版。すると、小説のシナリオ通りベストセラーとなり、映画化も実現する。
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