バナナの実 【近未来 ハード SF】
辻が我に気付き辺りを見回すと、広いコンドミニアムの白いダブルベッドから一転、プノンペンの狭い安宿の部屋に独りいた。
薄暗い部屋の中、辻はベッドの中から前方にある電源のついたテレビ画面に目を凝らす。
すると、見知らぬ上半身裸のアフリカ系アメリカ人男性と透き通るよな肩をシーツから覗かせたブロンドの白人女性がいま自分がいたコンドミニアムの白いダブルベッドの上で、琥珀色(こはくいろ)の酒を飲みながらくつろいでいた。
辻は、ずっとパソコンに向かい指を激しく動かしながら、浜田省吾のMONEYを聞いている。
辻の瞳には、音楽のプロモーションビデオのように、それら1コマ1コマが映像となって確かに見えていた。
帰国の前夜、網戸をくぐり雨が降って涼しい風が、ドミトリーを撫でるように駆け抜ける。
アキラは、隣のベッドでうつ伏せになりぶ厚い小説世界の中にいた。
そして、窓側にいる佐川は、中心街のデパートで買ってきた枝豆と焼き魚をつまみに一杯始め辻と談笑する。
「佐川さんは、どうして早期退職したんですか?」
「えーっ、会社は、忙しい仕事を強いるし、そんな生活に疲れちゃって。人生一回きりなんだから、もっとやりたいことをすべきだと思ってね」
辻には、我が道を歩く強い人に感じられた。
「僕は、日本の常識や友達の生活を聞くと、”自分の人生、本当に幸せなのか?”って思うときがあるんですけど、佐川さんは自分をどう見ているんですか?」
「他人なんて、気にしちゃぁ~いられないよ」
巻き舌でそう言うと、箸を置きビール瓶に手をかける。
えっ? もっと何か、別の言葉を期待していた辻には、意外な答えに拍子抜けする。
「何で他人と比べる必要があるのー?」
わからない。自分だけがそう比較しているのか、誰かがそれを強要するのか?
辻が返事に困っていると、佐川はビールを一口胃に流がし、「他人の人生まで気にしている暇なんかないし、俺は自分のしたいことを一つずつこなしていって、それで満足よ」としみじみ言った。