バナナの実 【近未来 ハード SF】

アンナ・Kは、今回の映画制作を通し、辻がそうであったように彼女もまた、気持ちに変化が生じていた。


それは、お金を稼ぐことが重要なのではなく、読者にとって最も価値あることの追求。


お金は、その後についてくる結果であり、おまけのようなものであると。


その考えの根本は、爆笑問題の募金の実験に通じるものであった。


ウェブ上では、各々成功した理由の話題で持ちっきりであった。


『小説の内容と、現実の出来事をうまく映画に組み入れたたことが、成功要因か?』


『家電量販店における価格競争を顧客サービスの一環と捉えるように、フィクションが現実になることを、読者サービスとする新しい発想の勝利か?』


『いやいや、“小説世界”と“映画世界”、そして“現実世界”を、ウェブという道具を利用して、結びつけた必然の結果でしょ』


それらに、明確な回答があるかはさて置き、作品に意味を与えるのは、それぞれの読者の内に預けられた。


ところで、大金を得て贅沢(ぜいたく)に費やした辻であったが、お金で買ったものには、いつしか飽がきてしまっていた。


実行してようやくそれを知ると、これからの身の振り方を考えざるを得なかった。


彼には、消したくても消せない、償(つぐ)いたくても償えない暗闇に覆われた大きな罪を負っていた。


事は、辻が海外放浪に出てから12ヵ月後まで遡(さかのぼ)る。


以前から母方の祖母の体調が思わしくなく、心臓冠状(かんじょう)バイパス手術の末、入院生活を送っていた。
< 223 / 239 >

この作品をシェア

pagetop