バナナの実 【近未来 ハード SF】

真夏のプノンペンで彼は、度々受け取る両親のメールから、祖母の命がそれほど長くないことを薄々感じ取っていた。


すぐにでも帰国し、病院に駆けつけたかった。


だが帰国することは同時に、探し求めてきた何かを諦め就職することを暗示していた。


今、帰国することはできない。


そう思った辻は、ただ奇跡を祈るように祖母の回復を願ったのだった。


それから数週間、辻はメールに怯(おび)え、自分を食らおうとしている現実から目を背(そむ)けていた。


それを紛らわすように、桃源郷へ手軽に飛んで行ける大麻と寂しさの神経を麻痺させる女に一層ハマっていった。


次にメールを確認すると、すでに祖母の葬儀を終えた知らせが目に飛び込んできた。


インターネットの店にいた辻は目の前が真っ白になり、大好きだったおばちゃんの記憶が一つ一つ再生されるように蘇る。


小学生の夏休み、おばあちゃんと出かけた海水浴。

一緒に食べた大きなスイカに、おばあちゃん手作りのとうもろこし。

正月前、おばあちゃんの音頭でつく餅つき。

おばあちゃんと二人、出かけた仙台七夕祭り。
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