バナナの実 【近未来 ハード SF】
ほんの一瞬だった。
目の前のモニターに焦点が合い意識を戻すと、精魂尽きた廃人同様なひどい脱落感に襲われる。
もう顔を見ることも、声を聞くことも、手に触れることもできないんだ・・・。
あれは、海外放浪に出る一ヶ月前のことだった。深夜に救急で搬送され集中治療室から心臓バイパス手術を受ける直前。
ベッドで昏睡(こんすい)しているように見えたおばあちゃんの手を握り声をかけた時、強く握り返してきたあの手の感触を思い出す。
それは、生きているということ、そのものだった。
窓から冷たい海を見下ろせる部屋にいる辻が、ふと自分の手のひらを見つめる。
田舎に住むおばあちゃんは一人、裏庭にある山を切り開いたような小さな畑で季節ごとに昔ながらの有機野菜を作っていた。
丹精込められ、その日、収穫されたきゅうり、ナス、トマトは、どれも野菜の味が濃く旨い。
辻にとっておばあちゃんの家は、楽しい思い出の詰まった場所。
そして、親戚同士を結びつける要(かなめ)でもあった。