バナナの実 【近未来 ハード SF】
その容姿に見覚えがあったのは、辻だった。
面識こそ無かったが、以前、ナイトクラブでよく見かけたことがあった。
メガネを直す仕草が名探偵コナンの主人公に似ていたので、辻は密かに“探偵”とあだ名を付けていた。
インナー覗かせる明るい青緑色タータンチェックの半袖シャツに、古びたジーパンなど今風の若者といった感じで、辻とは対照的に飾らなくもお洒落(しゃれ)であった。
聞けば、辻より一つ上の32歳。去年、東大法学部を卒業し、司法試験を受けたが失敗。
前回、ベトナムの旅でやすと知り合ったらしく、今回は、二ヵ月の予定でプノンペンに来たらしい。
「へえー、あの人嘘つきなんですかあ」
そう呟(つぶや)くセイジは、詳しい話を伺った。
やすの話に納得した辻は、そんな日本人とは話す機会もないだろうと、再びカジノ話しに耳を傾ける。
「えーっと、どこまで話したっけ? あっ、そう、そう。途中から別室に連れて行かれて一対一の勝負になって、そこでもまた勝っちゃってさぁ。ワッハッハッハッ!」と白い歯を見せて大きく笑った。
やすによると、負けることもあるが、カジノで勝つのは簡単だと豪語(ごうご)する。
そんな話が出たこともあり、みんなでポイペットのカジノへ行く予定を立てたりもした。
やすと辻は、セイジが東大に一浪して入学する前、一年をかけ世界中を周ったということを本人の口から聞いた。
どこが一番辛かったの?という辻に「イランからトルコまでのヒッチハイクかな」と答える。
「ああ! そのルート憧れているんですよねぇ。一度は僕も行ってみたいと思ってた」と辻は羨望(せんぼう)の眼差(まなざ)しでセイジを見る。
「荒涼としたまっすぐな道とどこまでも続く青い空しかないよ」とセイジが嬉しそうに小さく表情を崩すと、「それがいいんじゃないですか」と辻は上半身で、それが男のロマンだとでも言う様に表現した。