バナナの実 【近未来 ハード SF】
以前、彼は、宿近くの中華食堂で、一人の日本人と親しくなる。
彼の名は亮、38歳、独身。
端正(たんせい)な外見は34歳くらいにしか見えなく、ホスト系スーツが似合いそうな、お茶目な男だった。
バンコクで長年付き合った彼女に振られた彼は、プノンペンへ傷心旅行。
まだ、かなり落ち込んでいるようで、酒が入ると彼女のことをよく語っていた。
「俺が悪いんだよ。日本で定職もなくカネもないからさぁ。辻ちゃん、まだ若いからいいね」
「そんなことないですよ。昔、海外に来ると、たいがい年上か同い年だったのに、今じゃ、ほとんど年下の子ばかりですからねえ。31にもなって長期滞在しているなんて、自分も年を感じます」
「そうだね。この年になって長期パッカーやっている連中って、定職無いからねー」
二人は、お互いの傷を癒(いや)すようによく語り合った。
亮は、辻より7歳年上だったが、そんな年の差を感じさせないほど気さくな男である。
お互い親交を深め、昼間、二人してカジノに入り浸るようになるのに、それほど時間を必要としなかった。
辻の日の予算は200ドル、それ以上つぎ込むことも無く、圧倒的に勝つ日数が多いが、負けた時の金額の方が大きかったので、後から効くボディーブローのように小さな負けが着実に溜(た)まっていった。
カジノレストランでの食事中、亮が、これから陸路で中国は四川省の昆明まで行くことを、辻に明かす。
何でもそこに、元格闘家の知人が長期で滞在していて、格闘技を習いにわざわざそこまで行くのだと言う。