バナナの実 【近未来 ハード SF】
「ハーイ! 肺に入ったら息止めてー! 効率よくガンジャの成分、吸収できるから」
辻は、そんなことを四、五回繰り返す。
休み休み続けること10分 ――。浸(つ)かり過ぎた熱い風呂でぼせたように、頭だけがボーとしてくるのを僅(わず)かに感じた。
「ナンかきたみたい」
酔ったような鼻声が辻から漏(も)れるが、キマったことのない彼には、これがハイ状態なのかどうかすら判断がつかない。
「リョウさんは、あまりカわってないようにミえるけど」
「いやー、結構、きてるよ。ハッピーだもん」と辻の錘(おもり)の下がったまぶたを見ながら言う。
そう言う亮は、仰向けで両肘を床につけ、外出した飼い主の役に立たない番犬のようにリラックスしていた。
辻には目がくつろいでいる以外、普段と変わらないように見えていた。
別の一回り大きい真鋳製(しんちゅうせい)水パイプで吸っていたジロウが、福井からMDを取り上げ、みんなで聴けるようテレビのスピーカーに線をつなぐ。
食べかけのバームクーヘンから聞こえたのは、歌や音楽ではなく、森の音そのものだった。
玄人(うろうと)は、ガンジャのツボを熟知しているらしい。
手前でチョロチョロ流れる透き通った小川のせせらぎと、大木(たいぼく)の枝から降り注ぐ数種の甲高(かんだか)い野鳥の会話がやけに楽しそうだ。
青々とした彫りの深い、板根を呈(てい)した木々にこだまする中そっと目を閉じると、自分が本当に森の中にいるように・・・。
―― ハッ! 森の中だ!!
辻がそう認識した瞬間、驚駭(きょうがい)する。と、同時に暗闇から鬱蒼(うっそう)とした新緑の空間が目の前に広がった。