バナナの実 【近未来 ハード SF】
「10億円を手にするって凄くないですか? 無職の僕が10億円ですよ」
「でもさあ、その条件を揃えるのは至難の業(わざ)だと思うよ」
「ええ、そこで今、小説を書いているんです」
「マジで!」店長は、くすんだ宝石の原石でも見つけたような裏返った声を発した。
「どういう内容なの?」
「ええ、まあ、この二年間海外でいろいろあったんで、それらと自分の成功する未来を織り交ぜ、”フィクション小説が未来で実現する”っていうようなものです。
小説を出版した後、映画化したいんですが、サクセスストーリーを小説にしたり映画にしたりすることは、よくある話じゃないですか・・・」
「そうだね。“幸せのちから”みたいに」
「なんですか、それ?」
「映画知らない? ウィル・スミス主演の」
辻は、最近の映画についてまったく知らなかったので、その内容について詳しく伺った。
それによると、全財産21ドルから億万長者になった男の実話が映画化されたらしい。
「!」
辻は、一瞬、ドッキとした。
背後であるはずの無い花瓶が落ちて砕け散った衝動を背中全体で感じ、自分の小説と同じことを考えた人がいるのか・・・、と見紛(みまが)う。
「そうです。でも、僕の小説は、その映画の逆で、小説化、映画化を経(へ)ることで初めて、現実社会にサクセスストーリーが生まれるんです」