バナナの実 【近未来 ハード SF】
辻の体は一層重くなったように感じ、厚さ15センチのマットが、卵を包むパルプ製容器のように曲線を描いて変形し、深く沈み込む。
それは、海中を優雅にもぐるクジラと、浮遊しているかのような安らぎが横たわっていた。
一時間くらい経ったかなぁと時計に目をやると、すでに2時間半も経っていた。
辻の記憶はどこをほっつき歩いていたのか、ガンジャを吸うと時間の進み方が遅く感じられた。
まもなくして、いろいろとお世話になった亮は、最後まで優しくカッコイイまま帰国していった。
その後、辻は、休肝日ならぬ休みを週一日設け、六日は、ガンジャをキメて蝶(ちょう)の館へ通った。
ある晩、のいつものUクラブでディスコフロアーからビリヤード台がある方へ向かうと、以前、お会いしたことがあるタケシを目にする。
「こんばんわ。以前、やすさんの紹介でお会いしたことがあるんですが・・・、いつも金のメッシュ入れているやすさんとお知り合いですよねえ」
「あーあ! そう言えば、ホーチミンで三人、ビアホイ飲みましたね」
彼に近づき上目遣いで尋ねる辻を、タケシは覚えていた。
タケシは、50代前半、ハノイで暮らし、ベトナムと日本企業の架け橋のような仕事をされていると伺っていた。
話し方や人との接し方が他の旅行者とは違い、物腰低く穏やかでとてもスマートな印象だったのを記憶している。
「彼は今どうしてるの? あの人よく、『ビリヤードで負けた日本人は、お前が初めてだ!』って言っていたけど」
「そんなことも言ってましたね。今は、バンコクにいると思います」
辻は、鼻筋通ったインテリ風の以前と変わらぬ顔つきに笑顔を向け、二週間ほど前、宿の前で偶然やすと会い挨拶した時の事をありのまま伝える。