バナナの実 【近未来 ハード SF】
「他にも話があってね、ホーチミンでタケシさんと金メッシュとボクの三人で町を歩いていたんだよ。
そしたら・・・、あれっ、タケシさん、あのホテルの名前なんだっけ?」と健忘症にかかったヤスがタケシに尋ねる。
「うーん」
彼は、ビリヤードをやりながら考えているようだ。
「あの・・・シェラトンホテルの近くにある・・・高いホテル」
ヤスがそう言ったとき、「カラベルホテルのことですか?」と辻が答えた。
「あっ、そう、そう。詳しいねえ」
辻は、何度かサイゴンを訪れていたので土地勘があっただけだった。
「金メッシュと三人でカラベルホテルの前を歩いていたら、『このホテルはうちの会社が建てたんだ』って自慢げに言うからさぁ、ボク、思わず笑っちゃって。
だって、そんなわけないじゃん。なんでカラベルホテル建てた会社の社長が、プノンペンで一泊5ドルの部屋に泊まるの?
どう考えたって変でしょ。すぐばれる嘘つくんだから。バカだよあいつは」
「メッシュのやすさん、そんなこと言ったんですか?」
まだ、信じられない辻をよそにヤスは、頷(うなづ)きつつも追撃の手を緩めなかった。
「金メッシュ、プノンペンで自転車買ったでしょ」
「はい」
「自分の娘には、BMW 買ってやったって言ってるんだよ。もうそれ聞いて、親の鑑(かがみ)のような人だと思ったよ」
笑いの導線に火がついたらしく顔を赤くして、壊れたラジオのように笑いが止まらないでいる。
辻も思わず、その上手い表現の仕方に笑いを噴出(ふきだ)してしまう。
「だって、自分はママチャリで、娘にベンツだよ」
「私は、そういう話は・・・。『娘がアメリカで医学を学んでいるから、まだ学費もかかるし、もう数年は仕事を頑張らないと』と言っていたのは聞きましたけど」
本人から聞いたそのままに伝えると、「まだ、他にもあるんですか?」と興味深く尋ねた。