バナナの実 【近未来 ハード SF】
ビリヤードに興じる客たちの歓声が飛び交う中、鮮やかな羽をまとった蝶が頻々(ひんひん)に目の前を行き来する。
「ボクとヤツは、初めてここのクラブで会ったんだけど、その時、ボクには『一泊90ドルのホテルに泊まってる』って言っていたのね。
そしたらちょうどアッ君が来て、金メッシュに『あれっ、同じ宿に泊まってますよね?』って話しかけたんだよ。
そしたら金メッシュの奴、なんて言ったと思う?
『お前なんて知らねぇ!』って言ったんだよ」
ヤスは、迫真の演技で説明し、顔全体をさらに紅潮(こうちょう)させて爆笑。
「もう金メッシュ、こうなちゃって」と両手を挙げ万歳し、お祭りの振り付けのように前後に振って、上を下への大騒ぎを体全体で表現して見せる。
ヤスの夏の盆踊りさながらの芸があまりにもおかしかった辻は、また水を噴出すように笑ってしまった。
「アッ君、可愛そうにさぁ。アッ君っていうのは短期旅行の学生なんだけど、ボクは、ここで前日、彼と会って話しもしていて知り合いだったの。
タケシさんには、初めから一泊5ドルの部屋に泊まっているって言ってたらしいよ。ボクにだけ嘘つくんだから・・・。
ボクは、まあ、いいよ。でも、アッ君は金メッシュと同じ宿で昼間に会って話してたのに、それをいきなり『お前なんて知らねぇ!』だよ。酷いよねー」とふち無しメガネに手をかけ、半開きの口のまま目尻に溜まった涙を拭(ぬぐ)う。
ヤスの話には、辻の知らないやすの面々が芋(いも)づる式に次々と出てきた。
何が真実かは分からなかったが、今まで信じていた常識がひっくり返える思いだった。
もしかしたら、やすは、寂しい自分に似ていたのかもしれないという小さなシミが、昔の記憶と結びつき徐々に波紋のように広がっていった。