バナナの実 【近未来 ハード SF】

「辻くん、お金貸してとか言われたことない?」とヤスが尋ねると、「いいえ、無いですけど」と正直に答えた。


「谷原さんや森村さんは、言われたらしいよ」


その二人とも面識は無かったが、プノンペンなど狭い世界なので、顔と名前だけは知っていた。


「僕にお金が無いこと知っていたから、訊かなかったんじゃないですか」


「ふーん」

そう言うとヤスは、谷原や森村のいる酒の席へ誘った。


「今、向こうでみんな飲んでるから、一緒にどう?」

「はい、是非、ご一緒させてください」

「お酒と氷はあるから、グラス貰(もら)っておいで」

辻は恐縮しながらも、言葉に甘えることにした。


偽医者だと信じていたヤスは、普通にいい人に見えた。

みんなと話をしているうち、谷村や森村に着せていた偏見も解けていった。



「ボク、車あるから一緒に行きましょ」


話が盛り上がり、次の店に誘われた辻は、他の三人と別れ二軒目のバーに向かうことに。


わぁー、綺麗。


クラブの駐車場に出て、ふと夜空を仰ぐ辻には、満点の星空に天の川が ――――。


きれいに思えた日本の大気が実は汚れていて、カンボジアの空の方が意外にきれいなことを気付かせてくれる。


夜にならないと分からないもの、教えてくれないものが、日本を出ないと見えないそれらに重なった。


「プノンペンに車あるんですか? すごいですね」

「二台あるけど、一台は調子が悪くてね」

「二台もあるんですか?」

本当のお金持ちとは、こちらのヤスのことを言うのかと辻は思う。


「ランドクルーザーですかあ。すいぶん味がありますね」

「ただ古いだけだよ。エンジンは別の日本製に載せ変えてあるけどね」と恥ず痒(かゆ)い笑いをこぼす。
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