バナナの実 【近未来 ハード SF】
「二軒目は、私におごらせてください」
「なんでいいよ。ボク出すから」
バーに着くと財布を出し、二軒目もおごろうとするヤスにお願いした。
辻は、彼と知り合えたことが何より嬉しかった。何も言わなければ、ヤスはお金を払ってくれる。
不動産業で少し成功したそうで経済的に余裕があり、人におごることを嬉しく思っているようでもあった。
それに甘えることは簡単だったが、自分の気持ちを少しでも伝えたいと思ったのだった。
「一軒目で美味しいお酒をご馳走になったので、ここは、是非・・・」
「じゃー、ビールで」
ヤスは、それを受け入れた。
「はーい! ヤスさんどうぞー。では、乾杯!」
ヤスと接するうち、彼には、他人を癒(いや)すような魅力を感じていった。
この頃の辻は、親からのメール確認も怠(おこた)り、昼間はカジノギャンブル、夜はガンジャとナイトクラブに最もハマっていた。
それらの言葉に陰湿や絶望というイメージを抱いていた辻だが、現実の世界でそれらにドップリ浸っていた彼に、そのように否定的な言葉など微塵(みじん)たりとも似合わなかった。
そんな一方、死の恐怖を連想させる断崖の絶壁に、片足が乗っているはずの自分の感情とイメージのズレに、シコリのような違和感も抱く。
日本のサラリーマンが、若者が辻の生活を知ったら、“ああはなりたくない”最悪な人生に映るのだろう。
それでも、辻は、今までの人生で一番心が満ち足りた時間を過ごしているように感じていた。
明るい未来こそないが、毎日が充実していた。
捕(と)らわれた足が堕落と快楽というぬかるみであると自覚できても、没落しているとは到底思えなかったのだのである。