バナナの実 【近未来 ハード SF】
「だからそんな生活から抜け出せないんだ!」
そう他人から言われたら、どんなに分厚い辞書で調べても、反論する言葉を見つけ出せなかっただろう。
僕はすでに、日本人としての感覚すら忘れてしまっていたのかもしれない。
辻は、そう感じていた。
普段は、一人か男友達と飲んでビリヤードのゲームを楽しむ辻だったが、ナイトクラブに長く出入りしていると、自然と顔見知りの女性も増えていった。
クラブに来ている女も遊び感覚なので、何人か一緒に時間を過したが、どの子とも長くは続かない。
そんなことを続けているうち、とても不思議な子に出逢った。
「あいつは、何を考えているのだろう?」
彼女は、ダンスフロアーで他のみんなが楽しく踊る中、無表情で楽しくなさそうに独り踊っていた。
狂ったように点滅するピンクや黄色の信号機と、闇を泳ぐ緑のレーザー光線が怪しく交差する中、辻は、ガンジャをキメて蝶の飛び交うのを眺めるのが好きだった。
踊ることが苦手な自分も、あんな風に明るく羽ばたけたらと憧(あこが)れる蜘蛛(くも)のように席に座り、ブランデー片手に好みの女性を探す。
そして、気に入った子を見つけると、気付かれないよう複眼を駆使しながら、その子が楽しそうに踊るのを眺めているだけで癒(いや)された。
そのクラブは、流行(はやり)のノリのいい曲をかけるので、ミハーな辻は好んで通った。
美しい模様で彩(いろど)られた舞は、楽しさを増幅させるアンプ。
彼女もそんな中の一人だったが、ずっと話しかけられずにいた。
だから名前も知らない。
歳は20代前半でとてもスタイルが良く、モデルのように手足が長い。