バナナの実 【近未来 ハード SF】
バス停が分からないのか? 家族に止められたか? それとも、気が変わったのか?
もしかしたら来ないんじゃないかと思ったその時、バイクタクシーの後ろにちょこんと乗ったニアンが出発時間ちょうどに現れた。
バイクを降りて辻に気付くと、『遅れちゃた』と舌でも出して言うように、はにかんだ笑顔を見せる。
普通にそこらにいる女の子と、何ら変わらない笑顔がそこにはあった。
二人が座席に腰を下ろすと、バスはゆっくりと滑り出す。
言葉もあまり通じないし、お互いどう接したらいいかよく分からない様子でいると、睡魔に襲われウトウトし始める。
彼女のそれに気づいた辻が、僕の肩を枕代わりに眠るよう身振りで伝えると、ニアンはゆっくり顔を委(ゆだ)ね、安心したように寝入った。
トイレ休憩で目覚めた二人は、体を伸ばすように外へ出る。
乗客のおばちゃんや子供たちは、ゆでたトウモロコシやマンゴーに飲み物、小学生の遠足のようにお菓子を買ってバスに乗り込んでくる。
ニアンは、カットされたマンゴーを二個買ってくると、辻にも食べるようバスの席で勧めた。
彼女の実家はコンポントムという町で、プノンペンから北西に車で3時間ほどの所だ。
観光名所などは特にないが、カンボジアでは主要都市の一つなのだろう。地図で見ると大きく町の名前が表記されている。
微(かす)かに、白い歯を見せ柔らかい笑みを見せる合間に、はにかんで、家族は七人だと言う。
別に恥ずかしがる事もないと思ったが、なんとなくその気持ちが伝わる。
お姉さんが一人、弟が三人いるらしく、300ドルもする携帯電話でお姉さんの写真を辻に見せると、今、家を新築するのにお金が必要なんだと、ボソっと話した。
彼女の話に頷きながら昼食をはさんで午後になると、外が異常に暑すぎるのか、空調が効かないような蒸し風呂状態が続いた。
運転手は、休憩の度に車のラジエターに、一生懸命水をかけて冷やしていた。