バナナの実 【近未来 ハード SF】

ニアンはというと、タイ田舎のじっちゃんばっちゃんが摘(つま)むような、辻が絶対選ばない香草や野菜ばかりを皿に、こんなにたくさん盛っちゃった、とでも言うような愛らしい表情を一瞬作って席に着く。


食欲があるようで安心した辻は、「たくさん食べな」と軽く頷いた。


「ニアン、美味しい?」なんて声をかけると、「アウ」と素気ない返事をするが、顔は笑っている。


“アウ”とは“イエス”の意味だろうか?

会話の雰囲気からたぶんそうだと推測した。


彼女の皿には、日本で見た事のない種類の野菜があった。知っているものと言ったら、ハスの茎とどくだみ草。


皿の中央に置かれた小鉢には、塩辛のようなタレがあり、生野菜や香草をそのタレにつけてご飯と一緒に食べている。


辻が、興味深そうに食事風景を見ていると、突然、「たべる?」と生の香草を彼に差し出した。


「美味しいの?」

「おいしいよー」


語尾を伸ばして言うので、恐る恐るそのつけダレに浸して口に運ぶ辻。


うーん・・・。


まあ、一応食べられる範疇(はんちゅう)にあったが、特別美味しいというほどの物ではなく、調理されていないそれは、戦時中の食事イメージに近かった。


彼にとっては、中華炒めの味付けの方がよっぽど口に合ったが、お世辞で控えめに美味しいと伝えた。


幼い頃から、こういった素朴な物を食べていたのかなぁ・・・。


彼女と食事をしていると、普段の食事が少し見えた気がした。


一番美味しく感じるのは高級なフランス料理ではなく、幼い頃から馴れ親しんだ食べ物じゃないかと。


彼女の目に写っていたのは、辻にとってのご飯に味噌汁、アジの開きと納豆だったに違いない。


ニアンの表情と食欲は、そんな様子を物語っていた。
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