バナナの実 【近未来 ハード SF】
やすは、子供向けマンガキャラクターが印刷された日傘をさし、白いカジュアルな皮靴のかかとを踏んで、松山と辻の前方を歩いている。
堂々と歩くその風貌(ふうぼう)には存在感があった。
背がとても高く樽のように出た貫禄(かんろく)ある腹。
50代後半で髪の毛には明るい金のメッシュを入れ、それがまた妙に似合っている。
また、小ぎれいな装いは、辻と違いとても清潔感のある人だった。
陽炎ゆらめく砂漠のような炎天下の中しばらく歩くと、やす行きつけのコーヒー屋に着いた。
そこは、路地と路肩のスペースに、絵本の小人(こびと)が座る椅子とテーブルを広げただけの、戦後を彷彿(ほうふつ)させる庶民的な小さな店。
オーナーは、カンボジア人の中年夫婦で、彼らの笑みからいかにも近所で愛されているショップだと分かる。
向かい合うよう長椅子に座る三人は、おままごとで遊ぶ子供たちのように、ブラックコーヒーを三つ注文した。
席に着くと、しばらくもしないうちに全身から大量の汗が噴出する。
この時期のカンボジアは、一年で最も暑い時期だし、今の時間は、一日で一番暑い時間帯。
腕にはマラソンでもしたかのような大きな汗の粒、シャツや下着は、あっという間にそれらを吸収して肌にピタッとまとわりつく。
少し落ち着き周りに目を向けると、地元の人たちでわりと賑わっている。
白髪交じりの年配男性が多く、午後のひと時を気の合う仲間とゆっくり過ごしているようだ。
この目の前の風景だけを写真のように切り取ったら、日本であくせくして働く社会人と単純には比較できないが、どちらが幸せを感じているのだろうと、彼は、疑問を持たずにはいられなかった。
比較自体、意味など無いのかもしれないけど、辻は、カンボジアのこの風景の方が好きだった。