バナナの実 【近未来 ハード SF】

辻は、ジャンルに関係なく映画好きなタイプの人間であった。

だから、ホラー映画を見れば、その恐怖に怖面白さを感じることができる。


でも、どんな映画であれ自分と映画の世界には、目に見えない心理的隔(へだ)たりのようなものを感じていた。


その隔たりとは、現実を認識する客観的自己と言い換えられるかもしれない。


だが、この時の辻には、すでにその壁が無くなっていた。


すなわち、いつの間にか自分とテレビの間にあった壁が無くなり、リングⅡの世界にトリップしていたのだ。


死んでしまったかもしれない子供を抱きかかえ、レイチェルが泣き叫ぶシーンは、まるで透明人間になって、その場に居合わせているような臨場感を生まれて初めて味わった。


「そうだ!」


どれくらい時間が経ったのか分からなかったが、10分か15分、テレビを見ていた自分に気付く。


トリップから帰ってきた瞬間だった。


チャンネルを順に変え、面白い番組を探している途中で、リングⅡに捕まったんだ。


亮が『草をキメて映画を見たらスゴイよ』と言っていたのは、この事だったんだ・・・と、この時、理解した。


リモコンのボタンを押すと、サッカーの生中継が飛び込んできた。


辻は、サッカーに興味がなかったので、どこのチームが対戦しているのかさっぱり分からない。


普段はチャンネルを飛ばしてしまう彼であったが、ガンジャの力がジッと画面に引き寄せた。


それは、けしてサッカーの試合が面白いわけではなかった。


「オッー! ドリブル、ドリブルしてる!」


そんな普通なことに、なぜか言葉で言い表せない面白さがあった。
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