バナナの実 【近未来 ハード SF】
三人は、コーヒーをすすりながら、旅行者なら挨拶代わりによくする他愛も無い会話を交わす。
「松山さんは、プノンペンでどのように過ごしているんですか?」と辻が振った。
「わしゃあ、ガンジャが目的だけん、昼間は夢でも食らって、夜にガンジャさキメて音楽にドップリよ」
ガンジャとは、大麻のこと。
ここカンボジアでは、一般にそう呼ばれている。
「辻ちゃん、吸わにゃんの?」
「ええ、タバコも吸わないんで、全然興味が沸かなくて」
「タバコがダメでもガンジャ好きは、ぎょうさんいとるで」
「そうなんですか?」
「ガンジャはええよ。芸術の理解さぁ広げ、自分にゃ開けんここの扉ま開けん魔法のカギよ」と、半酔い加減で自分の胸元を拳(こぶし)で三度叩(たた)く。
松山は、インド帰りの学生旅行者のように無精ヒケを長く伸ばし、日本ではゼッタイ見かけることはないタイプのアジア長期旅行者だった。
カンボジアに来ると、普通の学生や旅行者とは明らかに別の、もっと個性の強い人に会うことが多い。
そして、海外でしか会えないような魅惑的で刺激的な出逢いもまた、プノンペンの醍醐味(だいごみ)であった。
コーヒー屋の周りでは、子供たちが辺りをはしゃぎ回り、犬は隅の陽の当たらぬ陰でぐったり。
土地成金の黒い高級車ベンツや、一家四人乗りのホンダのバイクが、我が者顔で目の前のガタガタ道を土ぼこりをあげ疾走する。
老人と若者が近くの席で会話する絵葉書に、生き生きとしたリアルな世界が広がっていた。
日本の四角い空が、日本の生活が仮想世界だとしたら、辻にとってここが現実世界だと実感できる場所。
こんな気持ちにさせてくれる旅が好きなのか、それとも、好きな旅だからこんな感じにさせるのか、そんな中に身を置いていた。