思いがけずロマンチック
やがて、ちくちくと視線が突き刺さる。
券売機へと切符を買いに来た人が路線図と私たちを交互に見ては苦笑い。有田さんは気がついていないのか、周りが見えていないのか。私の唇に指先を置いたまま怖い顔で私を見下ろしている。
「わかりましたって言ってるじゃないですか」
堪らず有田さんの手を引き剥がして、新鮮な空気を吸い込みながら顔を伏せた。有田さんの手からは解放されたけれど、周りの人たちの視線から解放された気はしない。
ますます恥ずかしなってきて顔も上げられないというのに、有田さんはまだ私の顔を覗き込んでくる。まだ何か言いたげな表情は思った以上に険しい。
「俺はお前の失敗だとは思っていない、何かおかしい、こんなことばかりが続きすぎてると思わないか?」
思いもよらない言葉に、ばたついていた気持ちが静けさを取り戻していく。トーンを落とした声と穏やかな目の奥には確かな猜疑心。私ではなく、ここにはない不確かな存在に向けられたもの。
私に答えを促すように有田さんの目が鋭さを増す。
「益子課長が抜き取ったようです、本人は否定していましたが……」
「そうか、俺から益子課長に聞いてみよう、唐津さんは何も言わなくていい、わかったね?」
有田さんは私の肩に手を置いて、ゆっくりと口の端を上げる。穏やかさを取り戻した目で、私に同意を求めて。
「はい、わかりました」
そう答えるしかないでしょう。
「ありがとう、気をつけて戻りなさい」
と言い残して、有田さんは改札口へと入っていった。