思いがけずロマンチック

「俺の乗ったエレベーターに後から乗ってきたのが彼、お客が彼の名前を叫びながら追いかけてきて……」

「なるほどね、だから話しかけたのね」


織部さんが話し終わる前に千夏さんが口を挟んだ。すべてを悟ったように。織部さんは人の名前や顔を覚えるのが得意だ。きっとすぐに本社の人だとわかったから、自分から話しかけたのだろう。


「競合じゃなくてよかったですね、何を話したんですか?」


私の問いに織部さんの表情がわずかに曇った。


「あちらの営業活動とか、いろいろな……それとウチに来た有田さんのことも」


ためらうように口を噤んで、織部さんがカップを口へと運ぶ。きっと何か言いにくいことだろうと察しはついたけれど、聞かずにはいられない。


「どうしたの? 有田さんも営業だったとは聞いてたけど……」


千夏さんも私と同じ気持ちなのだろう。抑えがちな声のトーンが悪い予感を抱えていることを感じさせる。


「ああ、営業だったがウチの会社に左遷になったんだと……規則違反したらしい」

「規則違反?」


千夏さんと私の声が重なった。
あんなに厳しそうな有田さんが、規則を変えることを絶対に許さないと言い張る人が自ら規則違反するなんて信じられない。

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