思いがけずロマンチック
薄暗い視界の中、繰り返し念じていた言葉は消えて自分の居場所がわからなくなりかけている。自分がどこに居て何をしているのかと思うのと同時に予期せぬ音が耳に飛び込んだ。
ドアの開いた音だと気づいて目を開けたら煌々と照らし出されたキャビネットと、無造作に積み重ねられた段ボール箱。そして床にはファイルと引き剥がされたファイルのとじ具が散らばっている。
「こんな所にいたのか」
頭上から降ってきた低い声が全身を強張らせた。聞き慣れた抑揚のない口調は有田さんしかいない。
すぐに立ち上がったけれど目を合わせる勇気はなく、有田さんの肩越しに覗いたキャビネットへと視線を泳がせる。
「何かあったんですか?」
「何って、書類を廃棄する時は声をかけろと言ったはずだ、それと長時間席空けするときは掲示板に行き先を書かないとわからないだろう」
まくし立てるような勢いで有田さんが迫ってくる。
明らかに怒っているということはわかるけど、そこまで怒るようなことでもないだろう。
掲示板に行き先を……とか言われても、ここに来たのは成り行き任せ。明確な目的を持って来たわけでなく単に思い立ったから。ひとりになりたくて辿り着いたのが、偶然ここだっただけ。