思いがけずロマンチック
固く口を結んだ有田さんが怖い顔で見下ろしている。きっとまだ言い足りないに違いない。何か言ってやろう、怒鳴ってやろうと思っているのが険しい表情に表れている。
ここは不本意だけど私が謝るしかない。
「申し訳ありません、行き先を書くのをすっかり忘れていました、ここの廃棄はひとりでできるので大丈夫です」
早くどこかへ行ってくれと念じて、まったく心のこもらない礼をした。
それでも両手を重ね合わせて上体を45度に曲げて最敬礼。有田さんの靴のつま先に視線を合わせて姿勢をキープする。
ここまでしたのだから、さすがの有田さんも何にも言わないだろう。これ以上言われるようなことはないだろう。
そう思っていたのに、有田さんは黙ったまま一歩前に進み出て私の腕を掴んだ。上体を起こす間もなく引っ張られて、重ねた手が見事に解ける。
「何ですか? 離してください」
「いったい何が大丈夫なんだ? これはどういうことだ?」
ぐいと引き寄せられた左手の甲には、さっきつけたばかりのひっかき傷。有田さんが鋭い目で私を睨み付ける。