思いがけずロマンチック
「労災ですか?」
「そうだ、業務上の怪我だから」
「でも、たいした怪我じゃないです、洗って絆創膏を貼っておけば治ります」
「どうだろう?」
と言いながら有田さんは私の手を凝視する。一方的に怒っていた表情は落ち着きを取り戻したようにも見えるけれど、険しさはいつまでも消えない。
今まで社内で労災などという言葉を聞いたことがないから、不安と罪悪感がますます膨らんでいく。怖くなって唇を噛んだまま、有田さんの反応を窺った。
やがて深刻だった有田さんの表情がふと緩んだ。固く噤んでいた口元が解けて、緩やかな弧を描く。
「大丈夫、これぐらいなら手続きする必要もない」
一変して笑みを含んだ声が、私の不安と罪悪感を和らげる。
だけど、すぐに信じられるはずがない。大丈夫と言われても確証はないし、本当に何にも問題はないのかが気になる。
「本当ですか? 何か言われたりしませんか?」
「心配するな、冗談だ、ちょっと大袈裟に言ってみただけだ」
有田さんが目を細めた。険しさも消えて深刻さなど微塵も感じさせない悪戯な笑みを顔いっぱいに浮かべて。
こんな顔をして笑うことがあるんだと驚かされたけれど、今は怒りの方が勝っていた。