思いがけずロマンチック
事務所のフロアへ間もなく到着、という手前で織部さんが足を止めた。真後ろの私よりも遠い階段の下へと視線を飛ばして、
「俺の今度のクライアントが笠間さんの近所なんだ、裏側の筋の小さな雑貨屋なんだけど閉店の企画を手伝うんだよ」
と、こぼした声は寂しそう。
「閉店ですか? 新しい店舗の開店もお手伝いするんですよね?」
「移転じゃない、完全に店を閉めるんだ、再開発計画に巻き込まれたんだ」
「再開発、ですか……」
織部さんの寂しそうな声の原因だった。言ってしまってもまだ織部さんの表情は晴れることなく、まだ何か良くないことを言い出しそうで怖くなる。
朝から波風を立たせるようなことは言わないでと、祈りを込めた目で見つめるのに織部さんはまだ私なんて見てもくれない。
「笠間さんから、何か聞いてないか?」
「いいえ、笠間さんからは何にも聞いてません、あの辺りも再開発の対象になってるんですか?」
あの辺りは駅から近くて便利だから、いろんな店が立ち並んでいる。笠間さんの店とは違う通りに面しているのなら知らない店の方が多い。
「大型の商業施設でも建てるつもりかなと言ってたが、詳しいことは知らないらしい」
「商業施設なんて要るんですか?」
「俺は要らないと思う、笠間さんの店が気になるよ」
織部さんの言葉が私の胸に影を落とした。