思いがけずロマンチック

さっきまで有田さんの向こうに見えていた空には灰色の雲がちらほら浮いている。有田さんの味方をしているような、有田さんの表情によく似た不機嫌そうな雲だ。


「仕事抜きの話を……と、それだけです」

「仕事の話ではないのか?」

「新店舗の件は後日改めてと仰っていましたから、私もそのつもりです」

「だったら、何を話すつもりだ?」

「何って……世間話とか、仕事以外のことだと思います」


有田さんと押し問答になりそうな予感。なかなか納得してくれないから苛立ちが募って、つい語気が強くなってしまう。
また言い争いになったりしたら嫌かも、と思い始めたころ有田さんが大きく息を吐いた。


「なにが世間話だ、公私混同するな」


独り言のように言い捨てて、差し出した手にはお弁当を入れていた紙袋。突っ返された紙袋はすっかり軽くなっていて、完食してくれたのだとわかった。


「ありがとうございます」


どうして私が御礼を言わなきゃいけないんだろう。御礼を言うのはむしろ有田さんの方。疑問を感じながらも口から出てしまった言葉を今さら取り戻すことはできない。

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