思いがけずロマンチック
有田さんの口から小さな息が漏れて、ようやく手が離れた。
「先に戻りなさい、益子課長に何か聞かれても適当にあしらっておけばいい」
「適当って……」
「何にも言わなくていいということだ、下手なことを言って変な噂が立っても困るからな」
意図することはわかった。
わかったけれど『変な噂』という言葉が胸を強く締め付ける。
元はと言えば私が悪い。社内規則撤回のためとはいえ有田さんを落とそうだなんて思い立ったのがそもそもの間違い。千夏さんと織部さんの力になりたかったのは本心だけど、有田さんの心を揺るがそうとしたのは策略。
だからバチが当たったんだ。
考えるほどに負のスパイラルに満たされていく。
とんっと肩を叩かれて、視界が開けた。
「大丈夫、俺が何とかする」
見上げると有田さんは口角を上げて頷く。私の不安も頭上の分厚い雲もかき消してしまいそうな穏やかな笑顔で。