思いがけずロマンチック
「そうか、手が空いてからでいいから手伝ってもらいたい仕事がある」
と言いながら有田さんの視線は私の隣へ。机の陰に隠れたつもりの千夏さんをばっちり捉えて、僅かに表情を緩ませた。
「わかりました、後で伺います」
小さく会釈で答えると、有田さんは役員室へと入っていった。
何の手伝いだろう。面倒な仕事でなければいいけれど。ふたりきりで話している最中に、運悪く益子課長が帰って来なければいいけれど。
「行った?」
憶測を巡らせる私の腕を突いて、千夏さんが呼びかける。まだ顔を伏せ気味に、警戒している様子。
「千夏さん、見つかってましたよ」
「やっぱり? じゃあ私は退散するよ、ところでどうするの?」
千夏さんが照れ笑いしながら立ち上がる。
「何をですか?」
「歌だよ、どちらにしても歌えるようにしておかないとまずいんじゃない?」
「え……?」
益子課長に抗議して、なかったことにしてもらうつもりだから何にも考えていない。歌うつもりなんてないと思っていたから。
「一応本社の方々にも周知されてるから、準備した方が無難だよ」
「だけど何にも考えてないですよ、そんな状況じゃないし歌なんて苦手だし……」
「だったら練習付き合うよ? 今晩どう?」
「ちょっとだけ考えさせてください」
悲しいけれど千夏さんの言う通り。いざという時に備えておいた方が無難かもしれない。