思いがけずロマンチック

有田さんの真意がわからない。


「諦めるなって、どういう意味ですか?」


消えてしまった有田さんへと問いかけたけれど答えてくれない。私の声が聴こえていないはずはないのに。もどかしさと苛立ちともうひとつ、もやもやとした気持ちが胸の中で疼いて痛む。


もう一度問いかけることも有田さんを追いかけることもできず、スマホの画面へと視線を落として唇を噛んだ。着信は千夏さんから。


「今日はすまなかった、早く帰って休んでくれ」


有田さんは姿を見せないまま。やっと返してくれたのは私の問いに対する答えではなく単なる労いの言葉。もうこれ以上話したくはないという有田さんの気持ちの表れでしかなかった。


今日はもう有田さんとは話せない。


「お疲れさまでした、お先に失礼します」


力を込めた言葉はエレベーターホールの静けさに飲み込まれるように消えてしまう。有田さんの耳に届いたはずだけれど返事はない。


やがて有田さんが歩き出す。事務所へと消えていく有田さんの靴音を聴きながら、私はスマホを握りしめた。



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