思いがけずロマンチック
あれはいったい何だったんだろう。
何のつもりだったんだろう。
一気に階段を駆け下りてビルから飛び出した。駅を目指して速足で歩き出す。午後10時を過ぎた通りは人も車も疎らで寂しい。
私の腰を支えた有田さんの手と抱かれた腕の感覚がまだ残っている。有田さんの鼓動が今も感じられそうな頰に手を当てた。熱を持っていると思っていた頰は思いの外冷たく、静かで涼しい夜風が指先をすり抜けていく。
拳を握りしめて速度を上げて歩き出した。
『諦めるな』と言った有田さんの力強い声、有田さんの感触が、どんなに速度を上げてもいつまでもつきまとって消えてくれない。
ようやくたどり着いた駅の改札口手前、パスケースを取ろうとバッグの中に手を突っ込む。パスケースを掴もうとした手にはスマホが握られていることに気づいて、足を止めた。
有田さんの行動を断ち切った着信は千夏さん。もし千夏さんが電話してきてくれなかったら、有田さんはどうしてたんだろう。
自分でもあり得ない想像が溢れ出してきて、思わず固く目を閉じた。